メルマガ214号

今回のメルマガは弁護士の内田雅敏さんからの寄稿です。タイトルの「先人たちが創った『平和資源』を活用しよう」はとても興味深く、その内容は「中国脅威論」に毒され、軍事力を高めれば安全だという錯覚を打ち破るものです。永遠の隣国とどう友好関係を構築し発展させていくのか、今の軍事強化では全く意味がないことがこの論稿を通して明快に示されています。今回のその前半です。ぜひお読みください。

先人たちが創った「平和資源」を活用しよう
玉城知事の自治体外交に水差すな(1)

はじめに

1月13日、台湾の総統選で与党民進党の頼清德候補が当選した。2期8年の蔡英文政権に続いて民進党政権が3期12年続くことになる。独立志向の強い民進党政権の継続について大陸の中国共産党政権の警戒心は強まり、台湾海峡を巡る緊張が強まるのは必至だ。1月15日北朝鮮最高人民会議で、金正恩朝鮮労働党総書記は、憲法を改正して韓国を「第一の敵対国」と位置付ける方針を示した。背景には、大規模な韓・米合同軍事訓練の実施など尹錫悦政権の対北朝鮮強硬路線がある。
尹大統領は「今の韓国政府は過去のどの政府とも違う。北朝鮮が挑発すれば数倍にして報復する」と対決姿勢を隠さない(1月17日付毎日新聞)。対北融和路線を採った文在寅前政権とはえらい違いだ。
他方、日本の岸田政権は、「台湾有事は日本有事」と喧伝し、一昨年暮れ、安保関連3文書を改訂し、軍事費の大幅増、米国からの武器の爆買い、琉球列島の軍事要塞化の途を走っている。与那国島の糸数健一町長は、名刺の裏に、
「讃・与那国島   伊波南哲
・・・・厳然とそそり立つ与那国島よ、おお汝は、黙々として、皇国南海の鎮護に挺身する、沈まざる二十五万噸の航空母艦だ。 
   紀元二千六百三年三月」
と刷り込み、霞が関辺りで配っているという。
「鉄の嵐」と形容される艦砲射撃により不沈空母沖縄が壊滅され、県民4人に1人、約10万人が亡くなった沖縄戦の教訓を忘れたのか。
※ 紀元二千六百三年は1943年

敵対的相互依存関係

2022年8月のペロシ米下院議長訪台、これに反発した中国軍の台湾を包囲した大規模な軍事演習の実施、中・台間の「中間線」越境の状態化等々、日本、中国、韓国、北朝鮮の政治指導者らは互いに「不信」というボールを投げ合い、それを利用して国内の引き締め、軍事大国化の途を歩んでいる。敵対的相互依存関係だ。背景に米国及び米軍需産業の思惑があるのはもちろんだ。1961年1月のアイゼンハワー米大統領が退任演説で「軍産複合体」による政府支配の危険性を語ったことを思い起こすべきだ。
「台湾有事」喧伝の契機となったのは2021年3月9日、デービッドソン米インド太平洋軍司令官が米上院軍事委員会公聴会で「6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」と証言した(傍線筆者)ことだ【注1】。彼はまもなく退職し、軍需産業の顧問となった。米国発の「台湾有事」論に飛びつき「台湾有事は日本有事」と呼号した安倍元総理は軍事大国化への「チャンス」と捉えたのだろう。その後の事態が証明している。
2023年1月24日自民党の国防部会・安全保障調査会・外交部会で、退職したデービットソン)を招聘し講演させた。デービットソンは、前記「自論」を語った。
同年8月、訪台した、政権与党自民党の麻生副総裁は、講演で「戦う覚悟」と内政干渉の発言をし、対中関係の現状維持を願う台湾民衆を困惑させた。

永遠の隣国

日・中・台・韓国・北朝鮮は、互いに引っ越すことのできない永遠の隣国である。永遠の隣国が敵対的相互依存関係に基づき、軍事大国化への途をひた走るのは政治の不在だ。
堯舜兎の兎が治水帝と呼ばれるように、神話時代を含めて古来より政治(まつりごと)の要諦は、治水、即ち民の暮らしを守るところにあった。
2014年11月、翁長雄志知事の選挙応援に駆け付けた、映画「仁義なき戦い」の俳優菅原文太氏は、「政治の役割はふたつある。一つは国民を飢えさせないこと、もう一つは、これが最も大事なことだが、絶対に戦争をしないこと」と簡明に語り掛け、聴衆の共感を呼んだ。アフガニスタンで活動中、凶弾に倒れた中村哲医師は、その実践者だった。
1972年の日中共同声明をはじめ、日中平和友好条約(78年)、日中共同宣言(98年)、〈「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明〉等、日中間には四つの基本文書がある。これら四つの基本文書は「平和資源」【注2】である。
〈「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明〉では、「双方は互いに協力のパートナーであり、互いに脅威にならないことを確認した」「日本側は、中国の改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機をもたらしていることを積極的に評価し、恒久の平和と共同の繁栄をもたらす世界の構築に貢献してゆくとの中国の決意に対する支持を表明した」、「中国側は、日本が、戦後六〇年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段によって、世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」と互いにエールの交換をなしている。そんなに昔の話ではない、たかだか、16年前の話だ。日朝間には「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した」2002年の平壌宣言がある。
習近平主席は日中間は四つの基本文書によって律せられるべきだと語る。歓迎だ!ところが、日本側の政権担当者からのこのような発言はほとんどない。もっぱらミサイル網など軍事に関することばかりだ。
2016年、外務防衛両省や自衛隊幹部との防衛大綱に向けた初に事前協議で、安倍首相(当時)は開口一番「君たち中国に勝てるだろうな」と質したという(2023年1月3日付毎日新聞)。前述した麻生発言と同様、こんなのは外交ではない。与太話だ。日本も北朝鮮の言う「先軍政治」と同じ道を歩むのか。「だれであれ、怪物と戦う者は、その過程においてみずからが怪物にならぬよう注意すべきである。長い間奈落をのぞきこんでいると、奈落もまたこちらをのぞきこむものだ」と云うニーチエの警句を思い起こすべきだ。(次回につづく)

内田雅敏(弁護士)
※本稿は沖縄タイムス文化欄に掲載された2024年1月25日の論稿に加筆修正したものを内田さんのご了解を得て転載したものです。

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