メルマガ183号

今回は辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会顧問の湯浅一郎さんに投稿いただきました。
沖縄県名護市辺野古の新基地建設をめぐる軟弱地盤改良に伴う設計変更について、不承認を貫く玉城デニー知事から権限を奪い、国が承認する「代執行」に向けた訴訟の第一回口頭弁論が10月30日に行われ、即日結審しました。本稿では、生物多様性の保全と回復のための新たな国際的取り組みに照らすとどうなるのかという観点から、埋立の問題について論じていただきました。湯浅さんは閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」に辺野古新基地建設の埋立て事業も対象となること、県にはこの戦略にもとづいて、今の基地建設、埋立てに正当性があるのか、国を追及してほしいと提起しています。ぜひお読みください。

新「生物多様性国家戦略2023-2030」に照らせば辺野古新基地建設埋立ては中止しかない ― 政府は、新戦略に照らした正当性を説明すべきだ ー

2023年10月5日、国交相は、辺野古埋立て設計変更不承認に係る関与取り消し訴訟につき、沖縄県の玉城デニー知事に設計変更の承認を命じるよう求める「代執行」訴訟を福岡高裁に起こした。その第1回口頭弁論が10月30日に福岡高裁那覇支部で開かれる。
ここに至る経緯としては、9月4日、最高裁が国交相の是正指示を違法として提訴した沖縄県の訴えを棄却し、沖縄県の敗訴が確定した。これに対し玉城知事は、県民、行政法学者等から様々な意見が寄せられたことを理由に「期限内に承認を行うことは困難である」として、あくまでも抵抗する意思を示した。その後、国交相が知事に設計変更の承認を「勧告」、さらに「指示」したが、応じる気配がないため代執行の提訴となった。玉城知事は市民の立場に立って一貫して抵抗している姿勢に感謝と敬意を表したい。
この問題については地方自治の本旨に反するという論点はあるが、それとは別に生物多様性の保全と回復のための新たな国際的取り組みに照らすとき、埋立ての継続に正当性は全くないという極めて重要な論点があることを提起したい。

辺野古埋立て事業には、第6次「生物多様性国家戦略2023-2030」が適用される    
 2023年3月31日、日本政府は、「生物多様性国家戦略2023-2030」(以下、「新戦略」)を閣議決定した。「新戦略」のキーワードはネーチャーポジテイブで、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」とされる。ここで特筆すべきは「今までどおりから脱却」し、「経済、社会、政治、技術などすべてにおける横断的な社会変革」を目指すという基本理念を掲げていることである。その具体化のために2030年までに「陸と海の30%以上を保護区にする(30by30)」など25の行動目標が盛り込まれた。政府は、これを先頭に立って推進せねばならない立場にある。
「新戦略」の背景にあるのは、2022年12月19日、モントリオール(カナダ)で開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が、2050年までの長期ビジョン「自然と共生する世界」を掲げ、その行動計画として採択した2030年までに生物多様性を反転させるための「昆明(クンミン)・モントリオール生物多様性枠組」(=ポスト愛知目標)である。枠組みは4つのゴールと「陸と海の少なくとも30%を保護区にする(30by30)」など23のターゲットで構成される。  
「新戦略」の法的基礎は生物多様性基本法である。同法第11条は「政府は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画(以下「生物多様性国家戦略」という。)を定めなければならない」と規定している。そして同法第12条第2項において「環境基本計画及び生物多様性国家戦略以外の国の計画は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関しては、生物多様性国家戦略を基本とするものとする」と定めている。これにより、新戦略は国のすべての事業に適用され、防衛省の辺野古新基地建設の埋立て事業も対象となる。

生物多様性が豊かな辺野古・大浦湾は保護区にすべき海だ
 辺野古新基地計画の埋立て対象海域は、ジュゴンやアオウミガメの生息に深く関わり、多様なサンゴが生息し、2019年には日本で初めてホープ・スポット(希望の海)に認定された国際的にも貴重な生物多様性を残す場である。この海域では、防衛省の環境影響評価書から5,334種の生物が記載され、そのうち262種が絶滅危惧種である。他にも甲殻類やナマコで新種や未記載種が多数確認されている。環境省が、愛知目標での保護区選定の基礎資料として2016年に「生物多様性の観点から重要度の高い海域」として抽出した「沿岸域」270海域の中で,辺野古を含む「沖縄島中北部沿岸」(海域番号14802)の調査票には、「大浦川河口域にマングローブ林。サンゴ礁海域と海草藻場が連続して続き、ボウバアマモ、琉球アマモ、ベニアマモなどの大きな群落があり、ジュゴンは、この海域で発見例が多い。沖に広がる藻場はアオウミガメの餌場となっている」と書かれている。
辺野古側の工事が始まってからジュゴンの情報はほとんどなく、2019年3月には東シナ海側の今帰仁村の運天港にジュゴンの死骸が漂着し、3頭しか確認されていなかった個体の一つではないかとの推測もあった。それでも2022年7月、埋め立て地から南西数キロの久志でジュゴンの糞が確認されていたことが沖縄県のDNA鑑定から判明している。今、工事を中止して大浦湾側の海を保持すれば、豊かな生態系は守られる。逆に大浦湾を完全に埋めてしまえば、ジュゴン、ウミガメ、サンゴなど重要種の生活史を寸断し、生息域を壊滅させてしまうことになりかねない。

大浦湾側の埋立ては新戦略に照らして正当なのか
政府は、生物多様性の保持、回復のために新たな国際的取り組みが進んでいる中でも、全く躊躇もないまま埋立てを続けようとしている。それならば、政府は、せめて大浦湾側の埋立ては、新戦略や昆明・モントリオール生物多様性枠組みに照らしても正当なものであることを沖縄県はじめ全市民に説明すべきである。しかるに、そのような姿勢は全くない。斉藤国交相は、代執行の提訴に当たり、「知事は最高裁判決に沿って、法律に基づいた対応をすべきことは明らかだ」と述べ、生物多様性の観点など全くなく、ひたすら埋立てにまい進しようとしている。
 そうした中では、沖縄県は、口頭弁論などにおいて、是非とも政府に対しこの点の釈明を求めてほしい。大浦湾埋立ては、生物多様性国家戦略に照らして正当な行為なのか否かを正面から問い、納得のいく説明を求めるべきである。あわせて裁判官にも1回だけの口頭弁論で済ますなど拙速な対応をしないよう求めるべきである。これまで、生物多様性をめぐって政府の事業につき「新戦略」に照らしての正当性を自治体を挙げて問いかけたことはかつて一度もない。政府による「未来への犯罪」ともいえる行為を、県民の声をバックにして自治体が政府に問いかけていくことは、中長期的に見て歴史的な意義がある。
 ここで2015年に翁長知事が作った「公有水面埋め立て承認手続きに関する第3者委員会
」の「検証結果報告書」をみなおすことが重要である。新基地埋立てを、①埋め立ての必要性、②国土利用上の適正さ、③環境保全上の適正さ、④法律に基づく計画への違背の4つの観点から検証し、埋立て承認手続きには法律的瑕疵があると結論付けている。第4の「法律に基づく計画に違背する」点は以下のように指摘している。
「本件埋立て承認出願が、「法律に基づく計画に違背」するか否かについて、十分な審査を行わずに「適」と判断した可能性が高く、「生物多様性国家戦略2012-2020」及び「生物多様性おきなわ戦略」については、その内容面において法(公有水面埋立法)第4条第1項第3号に違反している可能性が高く、(略)法的に瑕疵があると考えられる。」
 残念ながら翁長知事は、訴訟に訴えるものとして、この第4の論点を採用しなかったため、この指摘が政府に突き付けられることはなかった。今回、玉城知事は、あくまでも承認しない姿勢を保っており、この論点を是非とも取り入れていただきたい。
 環境省は、愛知目標の第11項目「海の10%を保護区にする」への対応として、既存の法的措置を前提に決めたとしているが、地図で明確に示す形では公表していない。そのため沖縄県のどの海域が保護区なのか定かではないが、そのほとんどは共同漁業権の海域と推定される。辺野古・大浦湾は共同漁業権第5号の中に含まれる海域である。しかし辺野古・大浦湾のように漁業補償により漁業権が消滅していれば海洋保護区にはならない。
 それでも「生物多様性の観点から重要度の高い海域」(重要海域)という視点に立てば、日本で唯一のホープ・スポットに選ばれた辺野古・大浦湾はまっさきに保護区に位置付けて然るべき場であり、埋立ててしまう選択はあり得ない。「今までどおりから脱却する」理念を掲げた生物多様性国家戦略という「生物多様性基本法に基づく国の計画」に照らして法律的な瑕疵がないのかどうかが問われるべきである。
まずは沖縄県がこの点を認識し、「新戦略」に照らして正当性を説明せよと政府に迫ってほしい。新戦略を先頭に立って推進せねばならない立場にある政府が、真っ先に新戦略を破る行為に走ることは許されない。

湯浅一郎(辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会顧問)

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