メルマガ143号

きょう6月23日は沖縄「慰霊の日」。沖縄の新聞読者欄は連日、戦没者を悼み、平和を祈る投稿で埋め尽くされています。今再び、沖縄戦が繰り返されようとしているのではないか。沖縄の悲しみ、叫びは本土に届いているでしょうか。昨日に続き、読者の声、論壇の訴えを抜粋してお伝えします。

ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会 「6.23アクション」のお知らせ

沖縄戦遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さん、具志堅さんが共同代表を担う「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」は「慰霊の日」の6月23日、沖縄戦全戦没者追悼式が行われる糸満市摩文仁の平和祈念公園で、「遺骨が眠る土砂採取と辺野古新基地埋め立てへの使用に反対」、「琉球列島のミサイル要塞化に反対」のアピール行動を行います。同公園で午前10時、午後2時に集会を開き、反戦平和の思いを訴えます。また、シール投票を行って「遺骨土砂採取と辺野古基地埋め立て使用」と「ミサイル要塞化」に反対する県民の意思表示を行います。ノーモア沖縄戦の会の活動に賛同するみなさま、平和祈念公園、平和の礎に足を運ばれる皆さまのご参加を呼びかけます。

6月23日「慰霊の日」沖縄の声

「戦争さえなかったら」 うるま市 83歳  琉球新報 6月22日

 毎年「慰霊の日」が近くなると義母のあの一言を思い出す。義母は戦争で夫を無くした。私の妻は父の顔さえ知らない。義母は戦後、幼子3人を育てるのに言い表せないほどの苦労をした。
 そんな義母を伴って私は毎年、糸満市摩文仁で執り行われる県主催の全戦没者追悼式に出席した。(略)
 焼香を終えた義母が列を離れようとした時、放送局のインタビューを受けた。
 「おばあさん、今のお気持ちを教えてください」。
 義母はしばらく黙っていたが、ようやく絞り出すようにたった一言「戦争さえなかったら…」。後は言葉にならなかった。(略)
 戦後の苦労のありったけを背負って生き抜いてきた義母はもういない。(略)
 義母の「戦争さえなかったら…」の一言を思い出す時、戦争には勝者も敗者もなく悲しみだけが残されるということをしみじみ知った。

 「校区内戦跡めぐり」 糸満市 中3 琉球新報 6月22日

 今日は校区内戦跡めぐりをしました。(略)塔の近くに本物のガマがあって、とても驚きました。中はせまくて横になったら石のせいで痛そうだなあと思うほどゴツゴツしていました。昔、このガマにはたくさんの人がいたかと思うと、すごいなと思います。めぐった戦跡の中には1万人以上もの死者が出た地もありました。(略)
 この地で起きた戦争や原爆などの戦争の歴史を未来の人たちにも語りついでいきたいです。

 「月桃の花への思い」 宜野湾市 74歳  琉球新報 6月22日

 「六月二十三日待たず 月桃の花散りました 長い長い煙たなびく ふるさとの夏」
 沖縄に移住し、小学校の支援員をしていた時、毎年6月になると流れていた「月桃」の歌詞の一部だ。(略)
 戦後78年、復帰後51年たっても米軍基地は残り、自衛隊基地や軍備は増え続けている。そして私もそうだったが、本土では沖縄戦も基地の現状も知らない人が多い。
 せめて孫たちを「月桃」を一緒に歌い、「慰霊の日」にはテレビの前で鎮魂と不戦の誓いを立てたいと思う。

 「ひめゆり」に学ぶ 新潟県小千谷市 78歳  琉球新報 6月22日

 今回は5月5日、前回は4年前のやはり春であった。このたびは「ひめゆりの塔」の奥の資料館まで見ることを第一に考えていた。(略)
 資料館のビデオからは看護隊員が手足の切断や足を削ったり、皮膚を縫い合わせたり、させられたりという話や映像であった。聞くだけでも恐ろしい話である。なぜこんなことが起きてしまったのか。
 日本人は必ず、沖縄、広島、長崎などを訪れ、その歴史を学ばなければならないと思う。日本は中国やアジアで何をしたのだろうか?
 ガイドのタクシードライバーが父母から聞いた話として「沖縄の水平線が米軍の艦船でいっぱいになった」と言っていた。胸に突き刺さる言葉だった。

 「永遠に続く遺族の悲しみ」 豊見城市 79歳 琉球新報 6月22日

 真和志村長で元校長の金城和信氏は村民と共に今の糸満市米須で終戦を迎えた。村民は金城氏の指導で山野に散らばるおびただしい戦没者の遺骨を拾い「魂魄の塔」を建立し納骨した。(略)
 わが家から男子4人が出兵し「名誉の家」とされた。今思えばばかばかしい限り。4人は無事帰還したが、父は壕から食料を調達に行く途中、戦死した。村民らが250キロ爆弾がさく裂してできた穴の底に埋めた。
 戦後4人は慕う父を掘り起こして弔いたい衝動から行動を起こした。穴は直径10メートル、深さ2~3メートルに及ぶ。つるはしとスコップではいかんともし難く諦めた。付近の小石を骨つぼに収めた。これもまた遺族の心情を表す事案である。
 遺族に生ある限り、永遠に続くであろう悔やみと悲しみを思う時、「戦争する理由」などあろうはずがない。
 

「子まで戦争参加 おそろしい」豊見城市 小6 沖縄タイムス

わたしは、8日に平和学習で平和祈念資料館に行きました。講話を聴いたり、平和の礎を見たり、資料や写真を見たりして平和について学習しました。(中略)今の自分と同じ年れいくらいの子どもも戦争に参加させられていたと思うと、戦争は本当におそろしいものだと思いました。
 昔の人は戦争のことを思い出したくなくても勇気を出して伝えてくれているので、この思いをむだにしないで、自分も次の世代のこどもたちに、戦争のおそろしさや平和の大切さを伝えていきたいです。

「ロシア侵攻に沖縄戦重ねる」読谷村 中3 沖縄タイムス

ひいばあちゃんは戦争はこわい? 僕がまだ小学2年生の時だった。あの頃は特に戦争、慰霊の日に興味はなく、学校やテレビなどで聞くだけだった。
今になって戦争や慰霊の日をあの頃より考えるようになっている。何より、最近はロシアがウクライナに侵攻していることなどが話題になっていて、テレビなどで映像を見ると、それはとても今の話と思えなかった。
 その時、おばあちゃんが「沖縄を思い出す・・・」と。僕は胸がキュッとした。
 あんな残酷な光景が沖縄でも広がっていたと思うと、とても怖かった。おそろしかった。
 これからの先の未来、もう二度と戦争が起きない平和な世の中になってほしいと切に願います。

「沖縄慰霊の日 全国で休日に」大阪市 41歳 沖縄タイムス

5年生の社会科で「沖縄県」が取り上げられている。暖かい寄稿や地形の特色をどう生かしているか。特産物、台風への備え、エイサー・・・・教科書では米軍基地問題にも触れている。
 6月23日は沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」。沖縄戦犠牲者の霊を慰め、世界の恒久平和を願う日。県が条例で休日を定めているが、本土ではあまり知られていないと感じる。
(中略)
「沖縄慰霊の日」を全国的に休日にし、平和を願い、沖縄に思いをはせ、家庭でも話題にする、そんな一日にしてはどうだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

以下の注意事項をご確認の上、良識あるコメントにご協力ください

  • コメントをいただいてから掲載まで、お時間をいただくことがございます。
  • 各コメントに対して当会より個別の返信はおこないません。回答を必要とする当会へのお問合せは、お問合せフォームにてお受けいたします。
  • 当会の目的や参加者の交流促進に寄与しないと当会が判断したコメントは、掲載を見送らせていただく場合がございます。
  • 投稿コメントの公開を希望しない場合は、コメントの記入欄にその旨ご記載ください。また、お名前のみ公開を希望しない場合、お名前欄にペンネームをご記入ください。

*