メルマガ51号

今回のメルマガは当会オブザーバーである小西誠さんの第2回目の寄稿です。政府、メディアを通して喧伝される「台湾有事」を私達はどのようにとらえる必要があるのか、米中、米台関係、日米共同作戦計画などから小西さんが鋭く切り込んだ内容です。ぜひお読みください。

「台湾有事」の脅威を煽る政府・メディア

●仕掛けられた「6年以内の台湾侵攻」論                                                                
「6年以内に中国が台湾に侵攻する」という「台湾有事」論は、米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が、2021年3月9日、米上院軍事委員会の公聴会で発言したというものだ。この公聴会とは、筆者が前回取り上げた、米議会への特別枠軍事予算の要求である「太平洋抑止イニシアティブ(PDI)」の発議・審議においてである。
お分かりだろう。要するに、このPDIという特別軍事予算を最大限獲得するために、「台湾有事」論が煽られているということだ。だが、煽っているのは、米軍側というよりも、日本の政府・メディアであり、御用評論家らである。
キヤノン・グローバル戦略研究所の宮家邦彦は、このデービットソン発言について意図的歪曲であると指摘する(『米中戦争』朝日新書)。
この発言の原文はー、
「I think the threat is manifest during this decade, in fact in the next six years.」
つまり、「invasion」「aggression」でもない「threat」である。直訳すれば―、
「私は、この(脅威は)10年の間の、今後6年間に脅威が顕在化すると考えている」
デービットソンの実際の発言内容は、「今後6年間でその脅威は顕在化すると考える」ということであり、「侵攻する」とはまったく意味が異なる。こういう意図的誤訳(フェイクに近い)を、全てのメディアが吹聴し、政府・御用評論家らが垂れ流す、これが日本の「脅威論」の実態だ(例えば、NHK22/1/18報道「2027年までに『中国による台湾侵攻の可能性が近づいているというアメリカの前司令官の警告』)。
もっとも、このようなデービットソンの発言でさえ、デービットソンの上官、ミリー米統合参謀本部議長の「上院歳出委員会」(同年6月19日)での発言「中国には現時点で武力統一するという意図も動機もほとんどないし、理由もない」という証言によって否定されている。だが、このミリー発言は、朝日新聞においてはベタ記事で報じられるだけで話題にもされない。

●「台湾有事」はあり得るのか、フェイクか?
さて、ウクライナ戦争の始まりとともに、政府・メディアなどによる、ウクライナ戦争に乗じた「台湾有事」キャンペーンが、さらにけたたましく叫ばれ始めている。これに輪をかけるかのように、バイデン大統領なども「台湾有事への介入」(「Quad」後の記者会見、2022年5月23日)を発言している。
この問題を明らかにするには、米中関係、米台関係の基本的枠組みを確認する必要があるだろう。
 言うまでもないが、日米政府やメディアの喧伝する「台湾有事論」は、中国の「台湾武力侵攻」を前提とした主張である。しかし、中国の「台湾武力侵攻」という事態は、冷静に見れば中・日・米の経済的相互依存関係、とりわけ、中国の世界貿易・国際市場への緊密な依存体制(中台を含む)からしてあり得ない想定である(もっとも、中国依存のサプライチェーンをつき崩す、日米の動きも強まっているから、長期的予測はできない)。
 また、中国の「台湾武力侵攻」などというものは、現在の中国政府の「現状維持」(平和統一)政策から、「あり得ない事態の想定」であることも、明らかだ。
 だが、問題は、この中国の「平和統一」(一つの中国)をつき崩すような米国の台湾政策が、現在、急ピッチで進行していることである。ここ数年、米国(日本も)から多数の政府高官の台湾訪問が行われているが、この米国(→日本)の台湾政策は、「一つの中国」の事実上の修正、台湾・蔡政権の「台湾独立」への、様々な外交的テコ入れと言うべきだろう(この原稿執筆中の8月2日、米国のペロシ下院議長の訪台が行われ、これに反発し警告する中国は、台湾を包囲する軍事態勢に入りつつある。いよいよ、米国は、ウクライナ戦争を睨みながら(継続しつつ)、対中国戦争態勢づくりに入りつつある)。

●台湾への膨大な武器供与の意味するものはー
このような、米国の「一つの中国」のなし崩し的な放棄と同時に、ここ数年の間、急ピッチで進むのが米国の台湾軍の軍事援助の強化だ。これは、米国の「台湾関係法」に基づいているとはいえ、これらの急激かつ膨大な軍事援助は、米国の明らかな対中戦略の転換から行われている事態である。
台湾への武器援助(売却)は、ここ4年間で、なんと約1兆8千億円。これは、台湾の年間軍事予算1兆3千億円を上回る、膨大な武器が投入されているということだ。  
例えば、2020年10月における台湾への武器売却は、総額41億7千万ドル(約4400億円)。この主要なものは、対艦ミサイル・ ハープーン400発、地上発射装置100基、空対地ミサイル(SLAM-ER)135発、ハープーンの改良型ミサイル(HIMARS)などとなっている。つまり、台湾海峡危機を見据えた地対艦ミサイルなどの大幅の供与だ。
 このような米国による台湾への巨額の武器売却を見ると、「台湾有事」なるものが、米国の軍産複合体の喧伝であることが明らかになる。そしてまた、「台湾有事」を喧伝するもう一つの大きな意味が、日本の「軍事費2倍化」要求であることも明らかになる! 残念ながらこの2倍化というとんでもないことが、「台湾有事」キャンペーンが功を奏するに従い現実化しつつある。
しかし、直接的には、「台湾有事」論の軍事的意味は、米軍にとっては、第1列島線の「封鎖の完結」のための、台湾への軍事的テコ入れであり、米台(そして日本・台湾)の淮軍事同盟態勢づくりに向けた、重要な軍事的転換となっているということだ。
 日米のA2/AD戦略(接近阻止・領域阻止)を表す第1列島線(九州南から琉球列島を経てフィリピン、ボルネオに至る線)の位置を見れば明らかだが、このチョーク・ポイント(要衝)は、宮古海峡を始めとする琉球列島とともに、台湾南部とバシー海峡(ルソン海峡)であり、この海峡間が戦略的位置にあることが分かる。
 つまり、中国軍、とりわけ中国海軍の海南島を基地とする原子力潜水艦部隊が太平洋に進出するには、第1列島線内のこのバシー海峡―ルソン海峡を通過する以外にはないということだ(その他の海峡などは、深度がない)。
――この海南島の原潜部隊が、米軍の核戦略上の「最大脅威」になっており、この中国原潜の南シナ海への封じ込めが、米インド太平洋戦略の基本戦略であることは、米国の東西冷戦下での「ソ連原潜のオホーツク海への封じ込め戦略」を見れば明らかである。

米国において「島嶼戦争」に詳しいCSBA所長(当時)クレピネビッチは、その論文「群島防衛」(2017年)の中で、以下のようにいう。
「台湾は、第1列島線の『リンチピン』(物事の要)、日本の南西防衛の『アンカー』である」
また、「日本は、第1列島線防衛の要であり、台湾は、日本の琉球列島『南西の壁』防衛の南の錨である」
本来、第1列島線上の要衝は、琉球列島とともに、台湾、フィリピンであるが、クレピネビッチは、フィリピンの政治的不安定さからして同国には期待できないとして、台湾の軍事態勢への組み込みを強調している。
 つまり、第1列島線の封鎖態勢の完結・完成のためには、台湾を日米の軍事態勢下に組み入れることが、決定的に重要とされているのである。

●「台湾有事」の日米共同作戦計画の策定
 周知のように、2021年12月26日、「共同通信」によって「台湾有事」の日米共同作戦計画が策定されつつあることが報じられた。この報道は、翌2022年1月7日の日米安全保障協議委員会(2+2)において、「同盟の役割・任務・能力の進化および緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」という文書で、計画が策定されつつあることが裏付けられた。
 この「台湾有事」の日米共同作戦計画は、報道によれば、有事の初動段階で米海兵隊が、琉球列島全域に臨時の攻撃用軍事拠点を設置する(「遠征前方基地作戦」[EABO])、拠点の候補は、陸自がミサイル部隊を配備する奄美大島や宮古島、配備予定の石垣島を含む約40カ所であるとされている。そしてまた、米海兵隊は、高機動ロケット砲システム「HIMARS」をこれらの拠点に配置し、自衛隊に輸送や弾薬の提供、燃料補給など後方支援を担わせるとし、空母が展開できるよう中国艦艇の排除も自衛隊の任務としている。
ところで、米国のインド太平洋軍は、韓国を始めとして様々な作戦計画を策定していると言われている。この中の米韓共同作戦が「作戦計画5030」、米軍の台湾有事「作戦計画5077」(2004年)であるとされている(朝鮮半島有事に関する日米間の概念計画「作戦計画5055」も、存在が確認されている)。
  
●しかし、米国は「台湾有事」で参戦するのか?
 このように、日米の「台湾有事」の日米共同作戦計画が策定されつつあるが、果たして「台湾有事」は、現実的に生じるのか? 米国(米軍)は、「台湾有事」に参戦するのか? 大きな疑問が生じてくるのである。この理由は、言うまでもないがウクライナ戦争における米国の政策や立ち位置からである。
 この問題を解くために、ウクライナ戦争における米国の役割を再度見てみよう。
端的に、ロシアのウクライナ侵攻という事態の歴史的・現在的経過を見てみれば、ロシアは、米国――NATO東方拡大路線(東方への覇権拡大)、EDI、ウクライナへの軍事援助を含む軍事拡大政策などに、「相当に追い込まれてウクライナ侵攻」という事態に至ったことが明確になっている。
これを中国・台湾関係に当てはめれば、米国の事実上の「一つの中国」の「曖昧戦略」の見直しによる「米台軍事同盟」態勢づくり(訪台外交の頻繁化、膨大な軍事援助)は、中国の「平和統一」をつき崩し、「中国が台湾へ武力侵攻せざるを得ない」事態に追い込みつつあることが見てとれるのである。これに加えて、「AUKUS」「Quad」などの対中包囲網づくり――ここ1~2年、急ピッチで進む、日米の英仏豪印独を巻き込んだ「航行の自由作戦」――アジア太平洋への各国海軍艦隊の集結・動員は、まさしく米国の対中戦争態勢づくりと言えよう。

 筆者の独断的予測を提起すれば、ウクライナ戦争の事態から明らかなのは、米国は「台湾有事」の時期さえ設定できるということだ。「脅威が顕在化する2027年」、あるいは、台湾への武器援助が完結する「2027年」と(台湾の中国への対抗的軍事力増強の完成)。
 結論は、米国は「台湾有事」事態に向けて、対中戦争戦略―新冷戦を仕掛けており、日本を中心とし、台湾・韓国を含むアジア太平洋の西側諸国の総動員態勢づくりに入りつつあるということだ。

しかし、ここであえて問いたい。米国は台湾有事で、はたして参戦するのか?
問題は、ウクライナ戦争への米国の対応だ。米国と台湾の関係は、ウクライナと米国間同様、軍事同盟関係にはない。しかも、中国は核保有国(約320発)であり、一旦戦争が始まれば、米国が現在想定している「島嶼戦争」「海洋限定戦争」に留まることは出来ない。米中の直接衝突は、長期的には核戦争へ発展する可能性が生じるということだ。
こうしてみると、アフガン・イラク戦争の長期の泥沼戦争を終えたばかりの米国の世論は、「台湾有事介入」反対、「対中戦争」反対に動く可能性は大きいと言わねばならない。ウクライナと同様、軍事同盟関係さえないのだから、国際法的にも介入は難しいと言うべきだろう。 
 となると、「台湾有事」事態において、琉球列島に配置された自衛隊が(特にミサイル部隊)、その戦争の最前線を担い、米軍が自衛隊の「後方支援」を行う、という関係が成り立つ。もともと、自衛隊のA2/AD戦略、「島嶼戦争」論は、海峡封鎖作戦を軸とした海洋限定戦争であり、「沖縄本島を戦場にしない」作戦である。もちろん、この海洋限定戦争が、不可避的に「アジア太平洋戦争」へ拡大していくのは明らかだ。
このような状況をみれば、米国のアジア太平洋戦略に組み込まれ、「台湾有事」事態へと使嗾されつつある日本政府の愚かな「安保防衛政策」を厳しく批判しなければならない。この対中戦争=「台湾有事」事態で、最初に犠牲になるのは、先島―沖縄を始めとする島々の人々なのだ。
(以上の詳細は、拙著『ミサイル攻撃基地と化す琉球列島―日米共同作戦下の南西シフト』参照)

小西誠(軍事ジャーナリスト・ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会オブザーバー)

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