今回のメルマガはピープルズ・プラン研究所運営委員の大橋成子さんからお寄せいただきました。現在フィリピンも米中対立で、板挟みの状態の中、その対立に巻き込まれたくないという市民の動きが広がっています。なかなか知り得ないフィリピンの動きは私たち沖縄が置かれている状況と無関係ではなく、しっかりとつかんでおく必要があります。ぜひお読みいただき、6月10日にウォルデン・ベローさんの講演会に足をお運びください。
米・日が強化するフィリピンの軍事化―「台湾有事」をめぐって
「米中の大国の対立に巻き込まれたくない!」と、フィリピン各地で昨年以来、学生や市民による集会、デモが相次いでいる。
今、フィリピンは「台湾有事」を巡る米中の対立で、両国の板挟みの状況に置かれ、さらに日本政府が今年4月5日に発表した新制度「政府安全保障能力強化支援(OSA)」により、自衛隊の共同訓練も強化されようとしている。
★米軍が自由に巡回し駐留できる拠点を拡大
昨年以来、米国首脳たちのフィリピン外交が活発になった。
2022年11月、ハリス副大統領が訪比し、フィリピン防衛に対する米国の決意を表明した。今年23年1月29日~2月2日には、オースティン国防長官が訪問し、フィリピン軍基地9か所で米軍が「巡回し、駐留する」合意をとりつけた。
フィリピンは、47年間にわたり米国の植民地支配下に置かれ(1898年~1945年)、太平洋戦争中は4年間日本軍が占領し、日米の決戦場となった。戦争末期、後退を強いられた日本軍はフィリピン各地に逃げのび、住民に対して残虐な強奪や殺害を繰り広げた。
米国は戦後フィリピンが独立した後も、「太平洋の要石」として、アジア最大のクラーク空軍基地(3.3万ヘクタール、シンガポールの国土面積に匹敵)、スービック海軍基地を維持し、ベトナム戦争時は沖縄・日本本島・グアムなどの基地と連携した攻撃基地の機能を果たした。「要石」と言われる通り、旅客機でさえ、マニラから台湾南部までは1時間、沖縄は1時間半、グアムまで2時間半で飛行できる位置にフィリピンはある。
1992年、当時高まった反基地運動のうねりに加え、20世紀最大規模のピナツボ火山大噴火で降った灰による甚大なダメージを受けたことで、米国はクラーク・スービックの2大基地を撤去したが、98年には「訪問米軍に関する地位協定」が米比で締結された。これは、フィリピン軍基地や商業港など、米軍が必要時に巡回し使用できるという協定で、2001年の9.11同時多発事件後は、特に中東及びフィリピン国内のイスラム過激派を睨んだ軍事訓練で国内5カ所の基地が使用されてきた。
そして今回、オースティン国防長官との合意で、台湾から一番近い400㎞の距離にあるルソン島北部や南シナ海のスプラトリー諸島(南沙)に面したパラワン島など、4カ所の基地が追加され、これで米軍が自由に巡回・駐留できる拠点が9カ所に増加されたのである。
★加速する中国の援助と経済活動
30年前に撤去されたクラーク・スービック基地跡は、その後、関税なしの海外投資を呼び込む経済特区として再開発された。当初は主に日本資本が参入し、リゾート開発などが活発だったが、その後は新しく韓国資本が進出し、昨今は中国国内で禁止されているカジノや課金オンラインゲームなどを運営する中国資本が台頭している。クラークは韓国資本、スービックは中国資本と住み分けられ、ハングルや中国語の看板が立ち並ぶ一大商業都市に変わった。
特にドゥテルテ前大統領は、従来の米国追随の大統領とは一線を画して、中国に急接近し、中国政府の援助による「ビルド!ビルド!ビルド!(建設!)」政策をうちたて、首都圏を中心にした高層ビル群の建設やインフラ事業を借款によって加速した。
2022年6月、かつての独裁者マルコスの長男であるボンボン(通称)・マルコスが大統領に就任した。副大統領はドゥテルテの長女サラ。両家の関係は古い。マルコス新大統領は、ドゥテルテ政権の政策を基本的に引き継ぐと発言しているが、これまで冷え切っていた米国との関係回復にも積極的に乗り出している。
★日本政府の動きーODAに加え、「同志国」の軍関連支援のための無償資金援助制度(OSA)を創設
マルコス新大統領が今年2月8日~12日に来日した。米国防長官オースティンがフィリピンを訪問したわずか6日後だった。日本のメディアはこの時期、フィリピンを拠点にしていた特殊詐欺グループの送還ニュースで溢れかえり、マルコス大統領来日については大きく報道されなかった。しかし日比首脳会談では次のような約束がされた。
*日本政府は2022年度、2023年度(2024年3月まで)に政府開発援助(ODA)と民間投資合わせて6,000億円の支援を約束。さらに、災害・人道支援目的の自衛隊派遣の手続きの円滑化を約束。自衛隊とフィリピン軍の共同訓練の強化を検討する。
*マルコス大統領は「日本が新たに設けた、友好国の軍に無償援助する制度を歓迎」
2月の首脳会談の報道では明らかにされていなかった、マルコス大統領が「歓迎した制度」の全容が、4月5日になってようやく報道された。
「日本政府は国家安全保障会議(NSC)の9大臣会合を持ち回りで開催し、日本が同志国の軍などへ防衛装備品を提供し、安保能力の強化を後押しする無償資金協力の新制度「政府安全保障能力強化支援(OSA)を創設したと発表した。昨年改定した国家安保戦略に基づく措置。今年度の対象国はフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーの4か国となる。中国の抑止を念頭に、既存の政府開発援助(ODA)では対象にできない軍関連の支援に踏み込む。政府は、令和5年度予算で、同志国の安全能力強化のための「非ODA予算」として20億円を計上した。(2023年4月5日 毎日新聞・産経新聞)」
★過去最大規模の米比合同軍事演習
4月11日~28日、これまでバリカタン(肩を並べる)の名称で展開されてきた、米比合同演習が過去最大規模で行われる。総勢17,000人(うち米軍12,000人、フィリピン軍5000人)が参加し、初めて「水中への実弾射撃訓練」が行われるという。オーストラリア国防軍も100名以上が小規模な陸上活動に参加すると言われている。この演習に日本の自衛隊が参加するかについてはまだ何も報道もされていない。
★軍事化に反対する人々
こうした一連の動きに抗して、フィリピン各地で「大国の対立にフィリピンを巻き込むな!」と声を上げる人々が街頭にたっている。高校生・大学生の若者の参加が多い。フィリピンの歴史教科書は、過去の戦争の事実をしっかりと書き残している。子どもたちは学校で植民地時代から太平洋戦争まで続く侵略の歴史を学ぶだけではなく、家庭では祖父母からの経験を聞いて育つため、アメリカや日本の文化に憧れる反面、戦争の犠牲になることについては敏感だ。再軍備化に対して、人々は様々な立場から反対している。
① まず最大の被害を被っているのは、海を生活の糧にする漁民たちだ。
南シナ海のスプラトリー諸島(南沙)から最も近い距離に位置するパラワン島から台湾に近いルソン島沿岸まで、軍事演習と巡回し駐留する米軍の活動で、漁民たちの生活圏が奪われている。一部では漁民の移転計画も始まっているという。
漁民組織の代表は、こう訴えている。「スプラトリーの海域は、何世紀にもわたり、フィリピンと中国の緩やかな外交によって、漁民の生活は守られてきた。それが、この地域とは全く関係のない米国が対立姿勢をむき出しにしたために、中国も負けじと対抗して基地建設を始めた。大国が勝手に始めた喧嘩なのに、その現場がなんと私たちが生きてきたこの海域になってしまった・・・なんて理不尽なことだ。」
② 米軍が巡回・駐留する地域の県知事・政治家たちも米国が後押しする中央政府との板挟みのなかで、中国の経済投資への悪影響を懸念し、自分たちの地域が戦争に巻き込まれる不安を訴えている。
③ 全国学生連盟は「中国に戦争をしかけるのではなく、国連法廷の裁定を発動するなど、外交手段を強く主張すべきだ」「フィリピンは米国と中国という大国の利害に振り回されずに、中立の立場をとるべき」との声明を出した。
④ 労働者団体は「巨額な軍事予算を、かつての植民地時代の侵略者の兵士を受け入れるために使うのではなく、貧困や物価上昇に対処するために使われるべき」と訴えている。
⑤ 人権問題に取り組む弁護士たちは、「ミンダナオ島ではイスラム勢力の鎮圧のため、何年にもわたり米比軍事訓練が実施されてきた。軍が存在することで、周辺住民に対する日常的な人権弾圧や活動家の殺害などが横行してきた。今後、各地で軍の存在が拡大すれば、反対を唱える人々への人権侵害はさらに拡大する可能性が高くなるだろう。」
米国がフィリピン国内での軍事拠点を拡大することと並行して、日本は非軍事支援とされてきた政府開発援助(ODA)とは別に「政府安全保障能力強化支援(OSA)という無償資金協力を「同志国」の軍事活動に提供する新制度を作った。そのことによって自衛隊が米軍の指揮の下、最前線で戦う体制が整えられた。
沖縄、南西諸島そして本土の反基地、反自衛隊闘争とともに、フィリピンの再軍事化に反対する人々との連帯を呼びかけたい。
大橋成子(ピープルズ・プラン研究所運営委員)