メルマガ253号

 今回のメルマガは当会共同代表のダグラス・ラミスさんからの寄稿です。先日行われた日米首脳会談で合意したこと、アメリカ議会で演説した内容の意味とはいかなるものか、ラミスさんが鋭く本稿で指摘しています。これまでの政権を超えて、日米軍事一体化を推し進め、戦争に前のめりになる岸田政権に対して、私たちがどう向き合うべきかのポイントを明示してくれています。ぜひお読みください。

「台湾有事」交戦へ前のめり 平和憲法やガザに触れず 岸田首相の米議会演説 

岸田文雄首相が米国議会で行った演説は、米国の習慣に従ってジョークで始まった。議長が彼を紹介すると、聴衆は彼に礼儀正しく拍手を送った事に対し、彼はこう言った。「日本の国会でこれほど素晴らしい拍手をもらったことはありません」
 このジョークは成功した。大きな笑いを誘い、講演の主要テーマの一つを紹介した。いわく「私はアメリカと特別な関係を持っています」と。

卑屈さのモデル

 岸田首相は演説の最初の部分をその特別な関係の説明に当てた。1963年、彼は家族とともにニューヨークのクイーンズに移り住み、最初の3年間、ニューヨークの公立学校で教育を受けた(もちろん、それは悪いことではないが、なぜ米国議会はそれが大喝采に値するのか、考えての事だろうか?)。彼は続けて、彼の家族が経験したまさに「アメリカ的」なことについて話した。コニーアイランドでホットドッグを食べ、地下鉄に乗り、ヤンキースとメッツを応援し、テレビのアニメ番組『フリントストーン』を見る(『フリントストーン』は61年から66年まで日本でも放映された)。さらに彼は、自分も家族も学校でも町の一般的な場所でも本当に親切に扱われたと述べ、「クイーンズの善良な人々に感謝したい」と語った。
 彼と彼の家族が親切に扱われたのは事実かもしれないし、その通りだと知ったら私もうれしく思う。しかし、岸田家族が滞在していた64年にクイーンズで人種暴動があったことも事実であり、彼が見た「フリントストーン」に、日本人キャラクターの醜悪なステレオタイプが含まれるなど、現在では人種差別的とされる内容が含まれていたことも事実である。外国に住んでいる日本人の小学生が、この非常によく知られたアメリカの問題に気づかないのも無理はない。しかし、その子供が成人し、日本の首相となった今、アメリカ社会のこのようなバラ色のイメージをアメリカ議会に提示することに何の意味があるのだろうか? 伝えたいメッセージは何なのか?
 私が演説を聞いて、彼が伝えたいメッセージは「私は有色人種の一員として皆さんの前に立っていて、皆さんの文化には差別的な傾向は見当たらないことを宣言し、そのような非難はしないし、そのような問題が存在することにも言及しないと宣言します」と想像してしまった。卑屈さのモデルである、米国のアンクル・トムイズムが、巧みに実行され、大成功を収めた。これを聞いた議会は岸田首相に16回のスタンディングオベーションの最初の一回を送った。

婉曲表現に頼る

 しかし、これは彼の主要なメッセージではなかった。否定的なメッセージ(アメリカのよく知られた人種問題を存在しないものとして扱う)を伝えた後、彼は肯定的なメッセージにシフトした。
 彼はまず、「アメリカ例外主義」として知られるアメリカのよく知られたナルシスティックな自己イメージを繰り返すことから始めた。アメリカは他に類を見ない国であり、「自由、民主主義、法の支配の砦(とりで)」であり、「アメリカはあらゆる抑圧、専制、独裁に反対している」、「世界は、国家間の問題において極めて重要な役割を果たし続けるアメリカを必要としている」、「アメリカは自責の念に陥ってはならない」等々…議員たちは忙しく、立ったり座ったりを繰り返して良い運動をした。
 その後の演説内容は“私たちが直面する脅威”に移り、北朝鮮、ロシア、中国、イラン、グローバル・サウス(正確には脅威ではないが、着実に国力が強まるにつれて問題となっている)、AI(人工知能)、新型コロナウイルス、気候変動などが挙げられたが、現今の国際社会で最大の課題である「ガザ」という言葉が一度も言及されていないことを見逃すことはできない。
 これらの脅威リストを列挙した後、岸田首相はさらに米国に重要なメッセージを伝えた。それは“日本は変わった”という事である。当然のように、彼は「憲法第9条」や「交戦権」という言葉の使用を避け、代わりに婉曲(えんきょく)表現に頼った。

二層の差別構造

 しかし、その意味する事は明確だ。「日本は寡黙な同盟国から、世界に目を向けた強い同盟国に変わった」、「国家安全保障戦略を変えた」、「考え方を変えた」、「軍事予算を倍増させた」、「反撃能力を持つようになった」、「地球の裏側でNATO(北大西洋条約機構)と協力している」、「ローカルな同盟国からグローバルな同盟国に変わった」等々。要するに「アメリカよ! 日本の『戦争放棄憲法』のことで悩むのはもうやめてくれ。私たちはついに憲法を無視する決断を下し、自衛隊に交戦権、つまり戦争で人を殺す権利を全面的に認めることにした。つまり、私たちはついに、あなたが望んだ日本になったのだ」と。
 岸田内閣は、中国との戦争を意味する「台湾有事」の準備を進めている。今回の訪米は、日本がその戦争に全面的に交戦国になるとアメリカ政府に確約するためだった。
 これらの準備は、国会に諮ることなく、閣議決定によって進められた。そしてその準備は、(アメリカが望むように)中国からの攻撃はアメリカ本土ではなく東アジアに限定され、(日本が望むように)日本への攻撃は日本本土ではなく南西諸島(沖縄)に限定されるように調整されているように思える。
 「対等なパートナーシップ」と宣伝されているものは、実際には二層の構造的差別である。だから、岸田総理がこれらの政策変更をまず国会ではなく、アメリカ議会で発表するのは自然なことなのだ。


ダグラス・ラミス(当会共同代表、平和を求める元軍人の会琉球・沖縄国際支部代表)

※本稿はラミスさんのご承諾を得て、沖縄タイムス文化欄5月9日投稿のものを転載したものです。

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