今回のメルマガは孫崎享さん(元外務省国際情報局長)からの寄稿です。米国一極支配が崩壊していることを「世界最強の情報機関」であるCIA(米国中央情報局)が調査した経済の指標から示した上で、現在の世界で起きている紛争の当事者が米国からの強制を受けないと指摘します。本稿は筆者の孫崎享さん、寄稿掲載した沖縄タイムス社の承諾を得てメルマガに掲載させていただきました。ぜひお読みください。
[平和的解決をめざして ウクライナ・中東・台湾](上)
米一極支配崩れ新たな紛争 激動の世界情勢 中国台頭 経済が安保に影響
世界は今、激動の中にある。ウクライナ戦争があり、ガザの戦闘はレバノンに拡大した。そして台湾問題は常に有事に発展する可能性がある。第2次世界大戦終了以降、世界各地でこれだけ緊張が拡大した時代はないであろう。
これはたまたまの偶然なのか、ある種の必須なのか。私は後者だと思う。
G7の比率低下
国際政治に関する最も権威のある学者はグレアム・アリソンハーバード大学教授であろう。彼はキューバ危機を分析した『決定の本質』で学術的地位を確立し、クリントン政権の国防次官補となり、ハーバード大学ケネディ行政大学院の初代院長である。
彼は著作「新しい勢力圏と大国間競争」の中で、世界政治の枠組みを次の様に説明した。
「▼冷戦時代、世界は米国圏とソ連圏に別れていた。勢力圏とは、米国、ソ連の両大国が勢力圏内の国に服従することを求める空間である。▼冷戦の終結とは世界全体が実質的な米国という一つの勢力圏になったことを意味する。強者(米国)は依然として自分たちの意思を他国に押し付けた。世界の他の国は米国の規則に従って行動することを強いられ、さもなくば、壊滅的な制裁から完全な政権交代に至るまで、莫大(ばくだい)な代償に直面することになった。」
今この米国一極支配の構図が崩れ、それが世界に新たな紛争を作り出している。
この現象はまず経済分野で生じた。
世界最強の情報機関はCIA(米国中央情報局)である。このCIAはワールド・ファクトブックというサイトを持ち、ここで各国のGDP(国民総生産、2023年統計)を「真のGDP」として購買力平価ベースで示している。この数字を使用し判明することは次のとおりである。
▼中国のGDP31・2兆ドルで米国のGDP24・7兆ドルを上回っている。
▼G7(米、日、独、仏、英、伊、加)合計48・5兆ドルは、非G7のトップ7か国(中国、インド、ロシア、ブラジル、インドネシア、トルコ、メキシコ)の合計63・8兆ドルの下である。
日本のほとんどの人は、今や中国の経済が米国より大きくなっていること、および非G7のトップ7カ国合計が、G7の国合計の上に行っていることを知らない。
こう述べてくると、「いや、中国経済は不動産市場の低迷や地方経済の低迷がある。中国経済の先行きは暗い」という反論がある。
2024年7月、IMF(国際通貨基金)は経済成長を米2・6%、ドイツ0・2%、仏0・9%、英0・7%、日本0・7%、中国5・0%、インド7・0%、ロシア3・2%、ブラジル2・1%、メキシコ2・2%、サウジ1・7%の予想を出した。インドを除き、その他の国の経済成長は中国経済より、もっと鈍化している。
戦力勝るロシア
次に「中国は人口が多いので成長は当然だ。だが彼らは独自で研究・開発ができない。金で買うか盗むしかない。だから発展には限界がある」と述べる人がいる。では中国の研究開発はどうなっているのか。
文部科学省科学技術・政策研究所は自然科学分野における「科学技術指標」を発表しているが、ここに自然科学の研究水準を示す指標として、「トップ10論文数」の各国別比率を示している。
1998年-2000年ランキングは次のとおりである。
1位米国(48・5%)、2位英国(11・3%)、3位ドイツ(9・7%)、4位日本(7・3%)、5位フランス(7・1%)である。
では、20年付近ではどうなっているか。
1位中国(28・9%)、2位米国(19・2%)、3位英国(4・7%)、以下ドイツ、イタリア、インドと続く。
科学・技術の研究が進んでいる国が他国より経済成長をする可能性は高い。
こうした経済分野の動向は外交、安全保障に影響を与える。
ウクライナ戦争がはじまり、西側諸国はロシアに経済制裁を行った。その制裁はプーチン政権の打倒と、ロシア経済崩壊を狙ったものであった。経済制裁の柱はロシア原油の輸入禁止である。しかし、インド、中国がロシア産原油を買い、2022年ロシアの石油輸出での受取額は前年を上回った。そして、すでに見たようにロシアの本年度経済成長の予測は3・2%である。欧州諸国、日本の上である。
ウクライナ戦争、ガザの戦闘、そして台湾問題いずれも当事者たちが米国の強制を受け入れないことを出発点としている。
ウクライナ戦争に関しては、砲弾数、ミサイル数、無人機と主要兵器で、ロシアの生産は、西側諸国がウクライナに供給するものの3倍から5倍になっている。あわせて兵員数もロシアがウクライナの3倍から5倍である。こうした中、ウクライナがロシア軍を、ロシア侵攻前の国境線まで押し戻すことはありえない。
ロシア軍を元の国境線まで押し戻せない中、このウクライナ戦争はどのような意義を有しているか。
戦争を継続すれば、ロシア、ウクライナの双方の兵士が死ぬ。戦場となっているウクライナの国土は荒廃する。戦争前、ウクライナの人口は約4千万人と言われた。内、800万人が国外に避難し、500万人がウクライナ国内で避難したと言われている。
私たちは今真剣に紛争から脱却する道を探すべきである。(元外務省国際情報局長)
まごさき・うける 1943年満州(中国東北部)生まれ。66年東大法学部中退、外務省入省。国際情報局長、駐イラン大使などを歴任。防衛大学教授も務めた。東アジア共同体研究所所長。著書に「戦後史の正体」「日本国の正体」「平和を造る道の探求」など。
孫崎氏、来月1日那覇講演
母がロシア人の浜野氏 ピアノ演奏
孫崎享氏講演「平和的解決をめざして-『ウクライナ問題』から『台湾問題』へ-」は11月1日午後6時から、那覇市のパレット市民劇場で開かれる。
講演会後、ロシア人の母親を持つピアニスト浜野与志男が「音楽からみたウクライナとロシアの関係…民族感情」をテーマに語り、曲も披露する。浜野は日本音楽コンクールで優勝するなど国内外で活躍している。
入場料(資料代など含む)は2千円、学生千円。主催は沖縄の基地と行政を考える大学人の会、共催は沖縄タイムス社と琉球新報社。後援は沖縄人権協会。申し込みは、ファクス098(867)3294(当日受け付け可)。問い合わせは桜井、電話080(8360)9722。