メルマガ342号

今回のメルマガは内田雅敏さんからの続きの寄稿です。「台湾有事」は「日本有事」と安倍首相のコメントが日本国民に浸透し、中国脅威論をさらに加速させ、ミサイル要塞化が必要という世論が作られています。この「台湾有事」に日本が介入することはそもそも内政干渉です。日中共同声明、平和条約でも強く確認されています。内田さんには今の「台湾有事」の喧伝、そのからくりを本稿に指摘していただきました。ぜひお読みください。

元陸将の「日中共同声明からの離脱」発言を考える
退官したからといって何を言ってもいいわけではない(下)

 


元陸将の「日中共同声明からの離脱」発言を考える
退官したからといって何を言ってもいいわけではない(下)


 「台湾有事」即「日本有事」なのか
「台湾有事」即「日本有事」と言いきったのが、故安倍晋三元首相だ。中国が台湾に武方侵攻したとしても、それは、あくまでも中国の内政問題であり、直ちに「日本有事」となるものではない。

中国が台湾に武力侵攻した場合、以下のシミュレーションが考えられる。①米国が介入し、在沖米軍基地から米軍が出動②中国が在沖米筆基地を攻撃-である。

この二つの段階を経て、日米安保条約第5条にいう「日本国の施政の下にある領域における(日・米)いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め」た事態となる。その場合にも「自国の憲法上の規定及び手続にしたがって共通の危険に対処する」ことになるのである。この規定からしても明らかなように、「台湾有事」即「日本有事」となるわけではない。上記のような段階を経て「日本有事」となった場合にも、日本は無制限な実力行使が可能となるわけではなく、「憲法上の規定及び手続にしたがって」のものでなくてはならない。「台湾有事」即「日本有事」と短絡させ、自衛隊を発動させるような愚を犯してはならない。まず「台湾有事」を起こさせないよう、中国や台湾および関係国に働きかけることである。

私は「台湾有事は、まずもって中国の内政関蓮だから、これに対しては一切関与すべきでない」と言っているわけではない。前述したように、日中共同声明7項において日中商国は互いに覇権国家とならないと宣言している。武力によって物事を決しないという宣言である。中国が台湾に武力侵攻すれば、それは上記の反覇権条項に違反することになり、日本としてはまずそのことについて中国側を厳しく批判すべきだ。その際.反覇権条項をめぐって以下のような経緯があったことを理解しておくことにも意味がある。

1972年日中共同声明が発せられたころ、中国は、社会主義路線をめぐって当時のソ連と「核戦争も辞さない」と激しく対立していた。いわゆる「中・ソ対立」である。北京には広大な地下壌が建設されていた。日中共同声明でうたわれた反覇権条項は、中国としては、名指しこそしないが当時のソ連を念頭に置いたものでぁった。他方、日本側は北方講島問題をめぐってソ連と交渉しなければならないので、ソ連を刺激するようなこの反覇権粂項には消極的であった。それから、6年後の78年の日中平和友好条約の締結に際しても、この反覇権条項が問題となった。園田外相と鄧小平がやり含い、鄧小平は、消極的な日本側に対してこ「の反覇権条項は将来中国が覇権国家にならないためにも必要なのです」と説得した。その4年前の74年国連総会において鄧小平は、「中国は覇権国家とならない。もし中国が覇権国家となったら、世界の人民は中国民衆と共にその覇権国家を打倒すべきだ」とタンカを切った。

退官後なら何を言ってもよいのか

「事かに臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」

自衛隊員が就任に際して述べる「服務の宣誓」中にある、自衛隊幹部(であった人物)らが好んで用いる一節だ。
自衛官の「服務の宣誓」中のこの一節、戦後新憲法下にはそぐわないように思う人もいるだろう。1948年6月19日、国会の衆参両院決議で廃止された教育勅語中にある「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運フ扶翼スヘシ」に似たフレーズのような気もしないでもない。
だが「服務の宣誓』は、実はその冒頭において「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し…」と、憲法順守をうたっている。一般に.公務員の憲法順守義務は憲法99条の規定しているところであるが、武器を扱い、日頃から敵を殲滅(せんめつ〉する訓練を積んでおり、政治学上は「国家の暴力装置」(マックス・ウエーバー)とされる自衛隊については、一般公務員に比してまり一層強く憲法的制約が課されているのだ。それはかつて軍部の専断により政治が壟断(ろうだん)された苦い歴史を持つ国として、当然のことである。
「台湾有事」に際して、自衛隊が関与するために台湾を国家として認め、日中共同声明からの離脱も検討すべきだという前記の小川清史元陸将の発言や、「戦後レジーム(憲法)からの離脱」を公然と語る岩田溝文元陸上幕僚長の発書は、自衛隊という実力組織の元幹部として許されるものではない。
2018年、田母神俊雄航空自衛隊幕僚長が、1928年の日本撃による張作霖爆殺事件について、事件はコミンテルンの陰謀によるものだという「珍説」を堂々と発表した。こんなでたらめな歴史認識を持つ人物が航空自衛隊のトツプに立っているのかと心底から驚いた。
岩田論考を読むとき、でたらめな歴史認識の持ち主は田母神氏だけではないようだ。防衛大学卒の自衛隊最高幹部らのこのような時代錯誤としか言いようのない論考を読むとき、一体、彼らは防衛大学で何を学んできたのかと疑聞を呈さざるを得ない。退宮後なら何を言ってもよいというわけではないだろう。
1月14日、石垣市内での「尖閣諮島開括の日を祝う宴」で糸数健一与那国町長は「邪悪な国家に対して常に一戦を交える覚悟、差じ達える覚悟が問われている」と発言した(1月28B付沖『縄タイムスを。これもまた驚かされた発言であった。

追記

2月5日の衆院予算委員会で、自衛官出身の国民民主党の橋本幹彦議員が質問に立ち、制服組(自衛官)を出席きせて答弁を求めることについて、「これを築ずる法的根拠はない」、「今までの慣行が議論の上台をゆがめできた」と批判した。

これに対して安住委員長は「シピリアンコントロール(文民統制)の重みをわきまえて、国会はやってきた。行き過ぎた誹謗(ひぽう)中傷は看過できない。戦後長いルールの中で重く積み上げてきたもので、防衛省の組織として責任をもって答弁していることを否定するようなことは許されない」と、橋本議員を一喝した。これに、早速2月10日、武居智久元海上幕僚長が「制服組に国会答弁させよ」(公益財団法人国家基本問題研究所)とかみついた。

韓国の尹錫悦大統領の戒厳令発布に際し、動員された軍隊が民衆に銃を向けなかったことが、韓圏の民主主義を救った。退官した自衛官幹部らのこうした「放言」の類いを目にし、耳にするとき、心寒さを禁じ得ない。その昔、中学生のころに軍事雑誌『丸』を購読していたが、現職自衛官らによる稜面座談会で、彼らが一最初に内局の連中をぶった切る」と息巻いていたことを思い出す。

2月上旬の海自護衛艦「あきづき」が単独で台湾海峡を通過したという。中国の艦船が宮古島・沖縄島の海峡を通過したことの対抗措置(腹いせ)だ。どうしてこういう発想しか取りえないのか。今回の措置については石破首相も了解していたという。

内田雅敏(弁護士)
※本稿は内田さんのご承諾を得て、「月刊 社会民主」(2025年3月号)に掲載された論考を転載したものです。

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