今回のメルマガは孫崎享さんの論考の後編です。孫崎さんは本稿で現在世界を揺るがす緊張となっているウクライナ戦争、中東での軍事行動、台湾問題での解決の道筋を歴史的に実現してきた合意や国家間の共同声明などで具体的に示します。一方で4つの阻害要因を示した上で 私たち自身が、ラベリング(先入観や思い込み、決めつけによって物事や人に対してラベルを付け、そのラベルに引きずられて行動や態度が変化する心理効果)によって、軍備拡大と交戦への支持にむかうことへの警鐘を鳴らします。ぜひお読みください。本稿は筆者の孫崎享さん、寄稿掲載した沖縄タイムス社の承諾を得てメルマガに掲載させていただきました。ぜひお読みください。
[平和的解決をめざして ウクライナ・中東・台湾](下)孫崎享
三つの紛争に解決への道筋 後退する和平主張の動き 沖縄は「平和の配当」享受を
今世界で三つの大きい緊張がある。ウクライナ戦争と、ガザの戦闘を発端とする中東での軍事行動、そして台湾問題である。
通常紛争には、当事者の双方に言い分がある。重要なことは、主張の対立を管理し、軍事紛争へのエスカレートを阻止することにある。
悪の循環を見せているのが中東である。昨年10月7日パレスチナのハマスがイスラエルを攻撃し、これを契機に戦域がガザ地域、レバノン、イエメン、イランと拡大している。
実は、三つの紛争おのおのに解決の道筋がある。
ウクライナ戦争では(1)NATO(北大西洋条約機構)はウクライナに拡大しない(2)東南部の帰属は住民の意思により決定する、ガザ戦争に関しては「イスラエルを国家として、PLO(パレスチナ解放機構)をパレスチナの自治政府として相互に承認する」ことを基礎として双方の和解を図る(3)台湾に関しては、日米が中国との約束を守ることである。
ウクライナ戦争での「(1)NATOはウクライナに拡大しない」は、1990年両独統一の際に西側首脳がゴルバチョフ・ソ連大統領に約束したことである。今それができない訳はない。また国連憲章第1条は「人民の(国際の平和と安全を維持するとした)同権および自決の原則の尊重に基礎をおく」としているので、住民の意思により帰属を決めることはおかしいことではない。
ガザの戦闘に関しては、「イスラエルを国家として、PLOをパレスチナの自治政府として相互に承認する」という立場は93年、クリントン大統領の仲介でラビン・イスラエル首相と、アラファトPLO議長との間で結ばれたものである。したがって、論理的には今日でも、イスラエルとパレスチナを相互承認することは難しくないはずである。
台湾に関しては、72年日中共同声明で「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明し、日本はこの中国の立場を十分理解し、尊重する」としている。米国も82年、次の内容を含む米中共同コミュニケが発出されている。
「米国もまた、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の立場をアクノレッジ(認識)した。そうした関係の範囲内で、双方は、アメリカ合衆国が台湾の人々と文化、交易、その他の非公式な関係を維持していくことに合意した」
双方の声に耳を
ウクライナ戦争、ガザの戦闘、台湾問題の三つに和平を主張する動きが後退し、対立を強調する声が勢いづいているのはなぜであろうか。
(1)片方の見解だけに耳を傾け、他方の論理に耳を傾けない。
日本におけるウクライナ問題がその典型である。2022年3月23日、ゼレンスキー・ウクライナ大統領が国会でリモート演説を行った。なぜプーチン大統領の意見も同時に聞こうとしなかったのか。
(2)和平を推進する人々が政治の舞台から去る。
典型的なのは、ラビン・イスラエル首相である。1995年11月、テルアビブで催された平和集会に出席した際、和平反対派のユダヤ人青年アミルに至近距離から銃撃され、死亡した。ここからイスラエルの世論は大きく変わり、パレスチナに対する非妥協的立場が強化された。
中国との国交回復に動いていたニクソン大統領は「ウオーターゲート事件」(72年6月発生、73年3月追及開始)で、74年8月辞任している。
(3)和平による利益の支持者の発言が後退。
例えば、「冷戦終了による国防費削減分を経済力の回復に振り向けるべきだ」とする「平和の配当」という考え方が欧米で一時主流になったが、その後後退した。
(4)軍需産業の政治への影響力の拡大。
アイゼンハワー大統領は61年1月離任に際し国民向けに演説を行い、次を指摘した。
「軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければなりません。誤って与えられた権力の出現がもたらすかも知れない悲劇の可能性は存在し、また存在し続けるでしょう。」
ウクライナ戦争で軍需産業は巨額の利益を生み出し、株価の上昇などで金融資本との一体化が進んでいる。
ラベリング影響
今日本では「SPY×FAMILY」という漫画が爆発的人気を得ている。ここに次の描写がある。
「大学で面白い研究があって!」「人物Aがビンタされてる映像を被験者たちにみせるのよ。」「すると脳は痛みに共感して不快感を示すのだ。人間には生来暴力を忌避する性質があるってことだ」「ところがよ。その映像に今度は“Aは浮気をしたので恋人にたたかれている”って説明をしてから見せるのよ。するとどうよ! 被験者たちの脳は快楽を示したんだとよ」「これって怖くない。真偽もわからんラベリングをするだけで人間の脳はコロッと変わっちまうんだ! 怖くない」
私たちは、変なラベリングをされ、軍備拡大と交戦への支持にむかって動いていないか、留意する必要がある。
台湾問題においては、日米双方が「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明し、日本はこの中国の立場を十分理解し、尊重する」立場を維持すればいい。沖縄が中国との間の「平和の配当」を享受すればいい。
孫崎享(元外務省国際情報局長)
(以下、前回の再掲です)
孫崎氏、来月1日那覇講演
母がロシア人の浜野氏 ピアノ演奏
孫崎享氏講演「平和的解決をめざして-『ウクライナ問題』から『台湾問題』へ-」は11月1日午後6時から、那覇市のパレット市民劇場で開かれる。
講演会後、ロシア人の母親を持つピアニスト浜野与志男が「音楽からみたウクライナとロシアの関係…民族感情」をテーマに語り、曲も披露する。浜野は日本音楽コンクールで優勝するなど国内外で活躍している。
入場料(資料代など含む)は2千円、学生千円。主催は沖縄の基地と行政を考える大学人の会、共催は沖縄タイムス社と琉球新報社。後援は沖縄人権協会。申し込みは、ファクス098(867)3294(当日受け付け可)。問い合わせは桜井、電話080(8360)9722。