メルマガ120号(2023.4.21)

今回は前号の前泊博盛さんの第二回目です。自衛隊を専守防衛から先制攻撃も可能にする軍隊へ変貌させ「異次元の転換」を強行する岸田政権。それは「軍は民を守らない」という沖縄戦の教訓をないがしろにし、沖縄を「消耗品」にして「第二沖縄戦」を引き起こすことに他なりません。しかし、大多数の日本国民がこれほどの重大な事態に「当事者意識」をもたず、「傍観者的立場」であることに前泊さんは「戦前と同じ状況」だと警鐘をならします。
「沖縄が戦場になるときは、日本全体が戦場になるときである。傍観者から当事者になったその時には、歯止めをかけるすべはもはや残されていないのである」という締めは、私たち一人一人に突き付けられた大きな命題といえます。ぜひお読みください。

〝台湾有事〟を仕掛けるのは誰か
~沖縄と台湾を戦場にしないための方法序説~(2)

■隠される戦争被害
アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は、台湾有事による「日米中開戦による軍事的損失」の試算結果を最近発表したが、国民的には軍事的損失の裏に隠される「開戦による死傷者数」の試算こそが重要である。
今年三月でロシアによる「ウクライナ侵略」から13か月が過ぎたが、CSISによればロシア側の死者数は最大約7万人とされ「前身のソ連も含めて第二次世界大戦後の軍事作戦の合計千死者数を超えたとする推計を明らかにしている。しかし、あくまでも「推計」に過ぎない。
戦争の被害の実態は、78年前に終わった「沖縄戦」ですら米国側は1万2520人。日本側はその15倍、18万8136人が亡くなったと「みられている」にすぎない。沖縄県出身以外の日本兵は6万5908人。沖縄県出身の軍人・軍属(正規の軍人、防衛隊や学徒隊など)は2万8228人とされるが、一般住民に至っては「約9万4千人」とアバウトな数字のままである。沖縄住民全体では12万2千人以上、県民の4人に1人が亡くなったと「いわれている」にすぎず「いずれも推計した数字」のままである。
戸籍も焼け、亡くなった人の数ははっきりしない。家族全員が死んでしまい、子どもだった人たちのなかには自分の生年月日や名前さえわからない人もいる。
これが地上戦、戦争となった地域の悲劇だが、戦争を起こした国家は被害の実態把握には消極的だ。ウクライナ侵略戦争だけに限った話ではない。
戦争で死ぬのは兵士だけではない。むしろ兵士よりも多くの市民が犠牲になるのは、沖縄戦に限らない。広島、長崎への原爆投下では兵士より多くの莫大な非戦闘員、一般住民が犠牲になった。ロシアによるウクライナ戦争でも多くの非戦闘員の被害拡大が浮き彫りになりつつある。

◆「消耗品」としての沖縄の役割
日本というこの国の中で、沖縄が果たす役割は何か。自衛隊ミサイル部隊が県内を中心に、次々に強化される中で、浮かび上がるのが米外交官で歴史学者のG.H.カー(Kerr)が指摘した日本の中における沖縄の役割と位置づけである。
カーは、戦後のアメリカによる沖縄統治のために書かれた著書『琉球の歴史』の中で、「日本にとって琉球は単に軍事的な前線基地」であり、かつ「一種の植民地」と指摘。「日本が非常な苦境に立たされたとき、もしそれで本土が救われるのであれば、沖縄は日本にとってexpendable(消耗品)である」と断じている。
そしていま、日本のメディアは「台湾有事は沖縄有事」を前提に、南西諸島における自衛隊の南西諸島配備やミサイル防衛の役割など軍事報道を強化している。一方で、戦時における南西諸島の住民保護や住民避難計画の曖昧さは指摘するものの、実効性のある「国民保護計画」への提言報道は皆無に等しい、
南西諸島に配備された自衛隊ミサイル部隊は、果たして何から何を護るための部隊なのであろうか。多くの国民は「国民の安全を守るための軍隊」として自衛隊を認識しているであろう。しかし、沖縄戦を体験し、軍事基地が軍事攻撃の標的となり、住民が戦争に巻き込まれる危険性を知る沖縄住民にとって「自衛隊も含め軍事基地は攻撃を呼び込むマグネット(磁石)」との危機感が共有されてもいる。
「軍は民を守らない」―沖縄戦が残した教訓である。新聞記者時代に取材した第32軍・航空参謀として沖縄戦を指揮した神直道氏は「軍に民を守れという命令はない。軍にあるのは敵のせん滅だけだ」と語り、軍は民を守らないのは当然のことと沖縄戦の教訓を裏打ちした。
カーの著書には「日本の政府はあらゆる方法をもって琉球を利用するが、琉球の人々のために犠牲をはらうことを好まない」との記述もある。
自衛隊将官OBらが昨年(2022年)出版した『台湾有事』本の中では、有事の国民保護について「国民保護法は基本的には地方自治体の長の責任」「自衛隊が忙しい時は「できません」で、法律の体系的にはそれでいい」と語られている。旧日本軍も、そして現在の自衛隊も、有事に国民を守る組織ではないのである。

■軍は民を「盾」にする
 岸田政権は自衛隊を専守防衛から先制攻撃も可能のする部隊へと「異次元の転換」を、閣議決定で推し進めている。メディアは自衛隊の「盾」から「矛」への転換と表現している。
「軍は民を守らない」という教訓を沖縄戦は残したが、77年後のウクライナ戦争では「軍は民を守らない」どころか「軍は民を盾にする」との新たな教訓・警句が語られている。
ロシアの攻撃による市民の死傷を「国際世論に告発し、新たな追加軍事支援を得る」ことが、ゼレンスキー大統領の戦略だとするならば、それは戦争犯罪として裁かれるべきである。
台湾有事で自衛隊の「盾」されかねない恐怖に沖縄住民は怯え、「ノーモア沖縄戦!」との警鐘を鳴らし「武力に依存しない」「戦争回避する外交力の強化」「対話による問題解決」を強く求めている。
しかし、日本国民の多くが主権者としての「当事者意識」を持たず、「傍観者的立場」で台湾有事報道を眺めている。
丸山眞男は、戦後の反省として暴走する権力を制御する意欲をもたなかった「民衆の無気力」「抵抗の思想」の希薄さを指摘したが、戦前と同じ状況が現在と重なる。軍拡や軍部の暴走による戦争を止める手立ては「端緒に抵抗せよ」である。それは、まさに今である。
沖縄が戦場になるときは、日本全体が戦場になるときである。傍観者から当事者になったその時には、歯止めをかけるすべはもはや残されていないのである。

前泊博盛(沖縄国際大学教授)

※本稿は、沖縄タイムス掲載原稿「第一回沖縄・台湾対話シンポジウム(2月12日)」に寄せて」に大幅加筆していただいたものを転載しています。

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