今号は設立呼びかけ人の前泊博盛さんからお寄せいただきました。今回はその第一回目です。本稿では岸田政権のもとでの「異次元の軍拡」の具体的内容とその軍拡の根拠とする「中国脅威」論、台湾侵攻という〝台湾有事〟の言説流布の背景にある「トゥキュディデスの罠」について言及されています。そして、この罠にはまり続けることはさらなる軍拡をよび、日本国民が有事にまきこまれる可能性をより高めると警鐘をならします。ぜひお読みください。
〝台湾有事〟を仕掛けるのは誰か
~沖縄と台湾を戦場にしないための方法序説~(1)
アメリカが仕掛ける〝台湾有事〟が、にわかに日本の国民的課題に浮上し、総額43兆円もの「異次元の軍拡」が急速に進められている。
■盾から矛への異次元の軍拡
岸田文雄政権は昨年末、憲法九条が掲げてきた「非戦と不戦」の誓いを、国会審議なしの「閣議決定」ごときで弾き飛ばし、「敵基地攻撃能力」の保有という先制攻撃すら視野に「専守防衛」の歯止めを外し、自衛隊を「盾から矛」へと転換する「新防衛戦略構想」を含む安保関連三文書を公表した。
自衛隊は「南西シフト」と呼ばれる軍備強化を鹿児島から沖縄に連なる南西諸島に着々と進めている。ここ10年程の間に種子島に近い馬毛島、奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島、与那国島へと次々にミサイル基地建設計画を進めてきた。そして今年3月末現在で馬毛島を除く南西諸島に陸上自衛隊ミサイル部隊の基地が準備・完成され、核基地の弾薬庫に有事に備えた弾薬が運び込まれた。
南西諸島に配備された自衛隊ミサイル部隊の軍事力は射程600キロメートルの「専守防衛の範囲」を超え、敵基地攻撃が可能な射程2000キロメートルの長距離ミサイル配備へと軍拡を加速しつつある。
新防衛戦略が打ち出した総額43兆円という日本の国家予算の単年度の半分近い莫大な軍事予算は、何に使われるのか。
計画では自衛隊に「矛」となる攻撃兵器の米国製トマホークミサイル500発をはじめ超音速滑空弾など長距離射程のミサイルを多数配備するほか、多数の軍事衛星を打ち上げて航空自衛隊を宇宙戦争時代に対応できる「宇宙航空自衛隊」へ改編強化し、海上保安庁と海上自衛隊の一体化を図り、沖縄の陸上自衛隊第15旅団の「師団」格上げ強化による局地戦対応能力の劇的な向上を図るなど、軍拡の規模は岸田首相の言葉を借りるならばまさに「異次元」の域に達する変革となっている。
◆トゥキュディデスの罠
莫大な財源を必要とする岸田軍拡に、国民は新たな重税負担に戦々恐々としながらも、不思議なことに過半の国民が「軍拡容認」を支持する危うい状況に陥っている。
その背景に「中国脅威」論と、台湾侵攻という〝台湾有事〟の言説がある。
岸田政権が急速に進める軍拡の動きに、台湾の政治・軍事研究者らは「軍拡は軍拡を招く」と警鐘を鳴らしている。
台湾有事の言説流布の背景に「トゥキュディデスの罠」があるという。新興国家が覇権国家に挑む際に生じるジレンマを指す言葉で、覇権国家アメリカが、新興国家「中国」と対峙する中で、武力衝突を招く可能性が指摘される。アメリカの政治学者グレアム・アリソンが作った造語だが、同氏率いる米ハーバード大学チームの研究では、過去500年の覇権争い16件のうち、12件(75%)が「戦争に至った」と報告している。台頭するウクライナに対するロシアの対応も「トゥキュディデスの罠」といえるかもしれない。
そしていま台湾有事を理由とする米中の「トゥキュディデスの罠」に、いま、日本は巻き込まれ、国民もろとも陥ろうとしている。
日本政府も国民も、台湾有事を無視し「アメリカに見捨てられる恐怖」と、台湾有事という「アメリカの戦争に巻き込まれる恐怖」という「二つの恐怖のジレンマ」に翻弄されている。
◆新たな「戦前」の始まり
アジア太平洋戦争の反省から歴史家・政治学者の丸山眞男は、日本軍の精神的特質をえぐりだした論文『超国家主義の論理と心理』の中で、暴走する権力を制御する意欲をもたなかった「民衆の無気力」「抵抗の思想」の希薄さを指摘した。その上で、軍拡や軍部の暴走による戦争を止める手立てとして「端緒に抵抗せよ」との警句を残している。
軍拡は、動き出せば歯止めを失う。第二次大戦後、アイゼンハワー米大統領は、肥大化した軍需産業が政官界と癒着し、増殖を続けることに警鐘を鳴らしたが、歯止めはかからず、戦争国家アメリカが今も続いている。軍と産業、官僚と政治家、学者の利害が一致する中で生み出された「軍産官学複合体」の危険性は、いま、新たな利益共同体の中にメディアも含めた「軍産官学〝報〟複合体」へとすそ野を広げているとも指摘されている。
戦前、日本のメディア(新聞、映画、雑誌、ラジオ)は、大本営発表を垂れ流し、被害は軽微に、戦果は課題に報道し、国民の戦意高揚に大きく貢献した。新聞は一県一紙体制となり、報道は国の監視下に置かれた。国民皆兵、国家総動員、戦争遂行のために必要な情報の流布がメディアの役割となった。
いま、台湾有事も含め武力衝突の危険性が過剰なほどに強調され、今にも武力衝突が起きるかのような有事・戦争危機報道が繰り返されている。
日本のメディア、報道を見る限り78年続いてきた「戦後」が終わりを告げ、新たな「戦前」が始まろうとしている。
前泊博盛(沖縄国際大学教授)
※本稿は、沖縄タイムス掲載原稿「第一回沖縄・台湾対話シンポジウム(2月12日)」に寄せて」に大幅加筆していただいたものを転載しています。